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SEMINAIRE OUVERT PERMANENT février 2007


SEMINAIRE OUVERT PERMANENT février 2007

セミネール通信 2007年2月



目次


informations


公開セミネール案内

マンスリー対談案内

『セミネール断章』藤田博史 講義

ヨーロッパ美術紀行 清水由美子
                    
ブレーキを踏もう  佐藤良平

心の問題を構造から考える 水上雅敏

ユーロクリニーク案内 


編集発行:ユーロクリニーク文化部

写真:「ケ・ブランリ美術館」(撮影 清水由美子)
# by semijournal | 2007-02-01 00:30 | semijorunal200702
informations
◇2月のマンスリー連続対談は美術家の会田誠氏をお迎えいたします
テーマは「無題」です

◇公開セミネール「心的構造論」は
2月から新テーマ「ラカン的精神分析入門」がはじまります

◇「セミネール通信」フリーペーパー版のpdfをユーロクリニーク文化部アーカイヴサイトでダウンロードできます。

◇「ヨーロッパ美術紀行」は昨年6月新設された
パリのケ・ブランリ美術館 (ジャン・ヌーヴェル設計)の話題です

# by semijournal | 2007-02-01 00:27 | semijorunal200702
公開セミネール案内
公開セミネール『心的構造論』

講師:藤田博史(精神分析医)

第47回第47講 ラカン的精神分析入門

「女性的マゾヒズムと死の欲動」


2007年2月10日(土) 13 :30-16 :30
(開場時間も13 :30になります)

会場:日仏会館 509号室
聴講料:1000円

日仏会館 
東京都渋谷区恵比寿3-9-25 JR恵比寿駅東口から「動く歩道」経由で
徒歩10分 地図

主催:ユーロクリニーク 協賛:ドール・フォーラム・ジャパン
問合せ先:ユーロクリニーク文化部
TEL: 042-308-7637  E-mail: ys@euroclinique.com

◇公開セミネールは毎月 第2土曜日 午後1時30分〜4時30分に東京・恵比寿の日仏会館で開催されています。経歴、資格は問いません。
どなたでも自由に参加いただけます。
詳細はユーロクリニーク文化部までお気軽にお問い合せください。


SÉMINAIRE OUVERT PERMANENT

FUJITA,Hiroshi (psychiatre-psychanalyste)

Le 47ème SÉMINAIRE
samedi 10 février 2007------13h30-16h30

SALLE#509 DE LA MAISON FRANCO-JAPONAISE
Frais de participation :1000yen 

LA MAISON FRANCO-JAPONAISE
10 min.à pied depuis la Sortie Est de la Gare d’Ebisu(ligne JR Yamanote) map

présenté par
EUROCLINIQUE
DIVISION CULTURELLE

TEL: 042-308-7637  E-mail: ys@euroclinique.com


# by semijournal | 2007-02-01 00:26 | semijorunal200702
藤田博史・マンスリー連続対談シリーズ 第14回

『藤田博史・マンスリー連続対談シリーズ』

第14回

ゲスト:会田 誠氏(画家・現代美術家)

テーマ:無題

2007年2月15日(木)19:00〜22:00

カフェ・バー『CREMASTER(クレマスター)』2階
東京都新宿区歌舞伎町1-1-5 花園ゴールデン街
定員:10名  入場料:2,000円(1ドリンク付)

予約:電話での受付になります(予定数になり次第受付終了)
EUROCLINIQUE ユーロクリニーク文化部 
tel:042-308-7637(10:00~19:00)
CREMASTER クレマスター  
tel:03-3203-3620(19:00~23:30 祝祭日を除く)

お申し込みはお早めに!
# by semijournal | 2007-02-01 00:25 | semijorunal200702
セミネール断章
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◇◇SEMINAIRE OUVERT PERMANENT

◆公開セミネール『心的構造論』より

◆「セミネール断章」

◆講義 藤田博史
    
       
◇◇編集  榊山裕子

Le 46ème SÉMINAIRE
samedi 9 décembre 2006


第46回第46講「精神病の構造的治癒理論とその治療技法(34)」より
2006年12月9日(土) 
日仏会館(東京・恵比寿)


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(『セミネール断章』は、公開セミネールのご紹介として、講義より抜粋して掲載しています)



==============================2006年12月9日公開セミネールの概要

✐ 世界の切り分け方 (13:30〜14:30)
フランスと日本の住所表記 → 道路中心と建物中心 → さまざまな世界の切り分け方 →言語論的な世界の切り分け方と地図の世界の切り分け方 → 差異と実質 → シニフィアンとサンブラン → シニフィアンの連鎖と日本的な文化における「居心地の悪さ」→フロイト「文化の居心地の悪さ」→ 母と子、子にとっての居心地の悪さとは → フロイト「第2の局所論」と超自我

✐ 精神分析の数学化(マテマティザシオン)〜幻想(ファンタスム)の式/ボロメオの輪/補填〜について (14:30〜16:30)
精神分析的な見方とは? → ラカンの幻想(ファンタスム)の式 $a → 4つの言説(ディスクール)(主人、ヒステリー、大学人、精神分析家の言説(ディスクール))→ 精神分析の数学化(マテマティザシオン)→ トポロジーの数学化(マテマティザシオン) → (休憩) → ボロメオの輪 → 象徴界・想像界・現実界 → 意味・ファルス享楽・他者の享楽 → 三つ葉の結び目 → 「制止・症状・不安」→ 仮説としての数学化(マテマティザシオン) → 補填 → 補綴 → 相対化される「真理」

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幻想(ファンタスム)の式 $a (註1) 

  「精神分析的な見方って何ですか?」
というような質問をされた時に、わたしの心の中にあるのは「幻想の式」です。人間のファンタスムの構造つまり「幻想の式」が頭のなかにあれば色々な人間の営みの基本構造が見
えてきます。

チャート式ラカン派精神分析(笑)。
$ ◇ a    
ポワンソン◇の中身を書くと、   
$ーS1ーS2a
その中身を言い換えると、
$ーΦーAーa
となります。これらの式は言ってみれば
精神分析における親鍵 passe-partout
のようなものです。


註1) $a というよく知られた式があります。
 フランス語でエスバレ・ポワンソン・プティタ、エスは主体 (sujet)、ただし斜線をひかれている ($ sujet barré)という記号です。われわれが知りたくても知りえないところに葬り去られた主体が、何かを求めているという記号です。プティタ(petit a、英語ではsmall a)は、フランス語の amour、愛です。斜線を引かれてこの世から抹消された主体が愛を求めているという構図です。これが言葉を話す人間の全ての営みに共通するベクトルです。これを「ファンタスム fantasme」、日本語では「幻想」と言います。
◇ はラカンが精神分析に導入したポワンソン(錐印)(◇, poinçon)という記号ですが、これはいってみれば永遠に邂逅することの無い二項の運命を表わす印です。
参考図書(『人形愛の精神分析』青土社刊)


4つの言説(ディスクール) quatre discours

  「幻想の式」からラカンのいう「四つの言説」をつくり出すことが出来ます。「四つの言説」とは、ヒステリー、分析家、大学人そして主人の言説、です。「幻想の式」を知っていれば四角形を回転させて、四つの言説の基本構造を得ることが出来ます。 



  精神分析行為にとって重要なのはいうまでもなく分析家の言説です。対象 a objet petit a として話しかけること。この言説はその性質上、時に、傲慢、非情、無関心、ささいなこと、のように耳に響いてきます。これは精神分析的なタクティクス、より正確にいうなら一つの賭け pari です。皆さんの自我に話しかけているのではなく、皆さんの無意識に対して、皆さんについて、話している。ヒステリーの言説は非常に興味深い。精神分析の生みの親はこのヒステリーのディスクールだといっても過言ではありません。無意識の主体が一番目のシニフィアン(S1)を望んでいる。一番目のシニフィアンとは取りも直さずファルス(勃起した男根)のことです。無意識のうちにファルスの代理物を欲望している。

  大学人の言説、大学という知識の府のなかに生息しているうちに世間に出ることが出来なくなり、知の堂々巡りのなかでしか呼吸しなくなってしまった金魚鉢の中のような言説。知のための知、という恐るべき正当性(もしくは居直り)がここにあります。真理の上にゴミの山のように知が堆積してしまって真理はそこへ埋もれたまま、自分でもいったい何を溜めているのかわからなくなる、いわば知でできたゴミ御殿です (笑)。

聴講者「でもわたしの尊敬する先生は、これは知を愛しているということだ、とよく言っていました」

  そうです。それがフィロソフィ(「愛」を意味する philo- +「智」sophia )ですから。「知を愛する」というのはある意味で主人の言説です。その先生は主人なのでしょう。
その分野においては素晴らしい人、その先生は何を目指しているのかというと知の構築を目指している。S2を目指しているということです。

  $が無意識の主体、S1がファルス(Φ)、S2が知 savoir 、a が究極の対象。それにしてもこの究極の対象とはいったい何でしょうか?たとえば「愛 amour」であったり、「死」であったり、「取るに足らないもの」であったりします。わたしたちの幻想はこの究極の対象の、いわば引力によってベクトル化しているのです。

聴講者「主人の言説というのが今ひとつよくわからないのですが・・・」

  主人の言説は、「命令形 impératif」です。主人の言説とはまさに弟子たちを前にしてその効力を発することが出来るような、命令法によって物事がすすみ、知を支配していくような言説です。

  たとえば「お前駄目じゃないか、そんなことやってたら。刀はこうやって打つんだよ」と弟子に伝授する刀鍛冶。

  だから往々にして分析家の言説と主人の言説が混同されてしまいます。ラカンが大教室で語っている時、こう(S1→S2)だと思い込んでしまうことがある。講義を聴いている人はラカンに命令されている感じになってしまう。S1がS2に働きかける。そうするとS2が今度は動因 agent となるというような。動因 agent、対象 objet・・・対象という言い方はしないかもしれませんが・・・産物 produit、抑圧されたもの refoulé、何かが何かに働きかけて、その働きかけたものの場所に何かが生じる。その何かが生じることによって働きかけたものの無意識のなかに何かが抑圧されるという一連の流れが生じる。その抑圧された構造をもとにしてまた何かが何かに働きかける。

数学化(マテマティザシオン) mathématisation について 

  自分が何でなければならないか。ヒステリー症者そのものは無意識の主体です。ふと我にかえると何をしていたか覚えていないような主体。分析家の場合は自分が愛であり死でなければならない。大学人は自分が知識の塊でなければならない。主人は自分がファルスでなければならない。つまり命令の発信元でなければならない。

  人間の幻想の式というのは非常によく出来ていると思う。数学としての明快さがそこへ導入されている。これは閉じこもってフロイトの著作を何度も何度も精読したラカンだからこそ生み出すことの出来たひとつの産物です。まさに精神分析の数学化(マテマティザシオン)です。そして数学的な式を構築するための要素をマテーム mathème と呼ぶ。この用語はラカンによって言語学の音素 フォネーム phonème から類推された造語です。一応、我々精神分析家の間では統一して「数学素」と呼ぶようにはしていますが、「学」という字がちょっといただけないという見方もあるので、そのまま「マテーム」と翻訳したりしています。   

  マテマティザシオンはこのような幻想の式に留まらず、一般実用科学の流れと同様、精神分析理論の様々な考え方をシンプルに表現してくれます。ご存知のように晩年のラカンは空間的な位相の問題つまりトポロジー的な考え方を人間の幻想の構造の中に持ち込みました。そしてさらに扱いにくかった性の欲動、死の欲動、ファルス的享楽、他者の享楽、精神病、躁鬱病、パラノイアなどを位相関係の中に生じる病理として表現しました。このトポロジーのお話を休憩を挟んでおこないましょう。


# by semijournal | 2007-02-01 00:24 | semijorunal200702
ヨーロッパ美術紀行 (23)  清水由美子     

ケ・ブランリ美術館はお好き?

 1958年、フランスは大統領の権限を強化した第5共和制の時代に入った。以来、歴代大統領は文化事業に熱心だ。フランスの文化の高さを世界に示そうとした初代大統領シャルル・ド=ゴールに文化大臣として起用された作家アンドレ・マルローは、歴史的建造物等の保存や文化の地方分散化、文化国家としてのフランスのプロモーションに熱心だった(「ミロのヴィーナス」や「モナリザ」を日本に送った)。第2代でモダン・アートのコレクターたったポンピドゥーは国立近代美術館を含むポンピドゥー・センター、第3代のジスカール=デスタンはオルセー美術館、第4代のミッテランは、「大ルーヴル」改造や、アラブ世界研究所新フランス国立図書館の建設など数々のグラン・プロジェを打ち出した。ちなみに、ミッテラン政権の下で若干30歳の文化大臣となったジャック・ラングは、文化予算を国家予算の1%まで押し上げ、ポップスやロックといったジャンルをも取り込む「文化の民主化」を促した。

 そしてついに第5代大統領のジャック・シラクが就任早々から構想していたプロジェクトが現実のものとなった。昨年6月、エッフェル塔のふもとにオープンしたケ・ブランリ美術館である。パリのフランス国立人類博物館とアフリカ・オセアニア美術館から大量に引越しさせたコレクションを核に(所蔵品30万点の9割を占める)、非ヨーロッパの地域、すなわちアフリカ、アジア、オセアニア、南北アメリカの「芸術と文明」を紹介する美術館である。設計コンペではフランスの代表的建築家ジャン・ヌーヴェルが選ばれた。

 シラクは開館セレモニーのスピーチで、民族の間に序列がないように芸術に序列はないこと、長く貪欲な征服者によって辱められ、絶滅させられ、あげくに独自の歴史を持っていることさえ否定された人々にフランスがオマージュを捧げる美術館であることを表明し、市場の力で標準化するグローバリゼーションの時代においてこそ多様性を尊重しなけれならないと語った。ポストコロニアルの美術館として異議をさしこむ余地のないような理念で、まるで左派のスローガンのように聞こえる。それを保守派のシラクが語っていて、社会党のミッテランが国家威信の高揚をねらったかのようにすら見えるモニュメントを次々に造ったことを考え合わせるとちょっと興味深くはないか。

 ともあれ、オルセー美術館以来だから20年ぶりにパリの景観に加わることになった新しい大型美術館だが、誕生までにはすさまじい抵抗の嵐をかいくぐる必要があった。構想の段階から既に既存の博物(美術)館から戦争を宣言されたようなものだったし、開館後も、国の内外で、コンセプト、建物、展示方法、あらゆる点で喧喧囂囂の論議が噴出した。常設会場の照明が暗すぎという不平から始まり(ニューヨークタイムズは「雰囲気は午後10時のディスコテック」と形容した)、ヌーヴェルのデザインに魅了される者、失望する者、地理的カテゴリーが連続し混沌とした展示になっていることへの異議、民俗学の立場からはそもそも芸術品ではなく、実用的、宗教的道具の社会的なコンテキストをおざなりにし美的価値ばかりを優先しているとの非難、かつての植民地(その多くはフランスの旧植民地)である第三世界をひとしなみに語る旧宗主国の古臭い偏見を指摘したいむき、ポピュリスティックなスペクタクルだ、などととにかくにぎやかなことだ。それだけ気になる存在ということでもあるのだろう。実際、万人を喜ばすことはできないと単純に切り捨てるわけにはいかない、真摯な問いも少なからず含んでいるようだ。

 美術館の名称を決めるにあたっても紆余曲折があったらしい。かつて屈託なく口にされた「原始芸術 Arts primitifs」という表現は早々に放棄された。「原始」なのか、そもそも「芸術」なのか、蔑視の表現ではないか。ともかく流行遅れというわけである。シラクは「最初の芸術(?)Arts premiers」と言ったが、これも具合が悪かったのだろう。最終的には、無難にもというか苦肉の計というか、建っている場所から(セーヌ川の)ブランリ河岸のミュージアム(「美術」館という日本語訳も検討されるべきだろう)と名づけられた。そうなれば「大変名誉なこと」と本人が言っているほどだから、シラクの名を冠するようになるのも時間の問題かもしれない。
 ケ・ブランリ美術館を訪れたのは、クリスマスを直前に控えた数日を観光客の少ない静かなパリで過ごしたときのことである。もともと民族学的に収集されたモノの展示にさして興味をもったことはない。むしろ、アラブ世界研究所カルティエ現代美術財団に次ぐジャン・ヌーヴェルのパリでは3つめの建物になる新作を実際に見てみたかったというのが本当のところだった。

 細長い胴体がル・コルビュジエばりのピロティで地上に持ち上げられているデザインはかなり奇抜だ。カラフルな大小の箱が突き出ている。船とか歩道橋とか野獣とかとひとは形容するけど、わたしが連想したのは蛇踊りである。にょきにょき地上から立ち上がる支柱は蛇(龍?)の胴体を支える杖のよう。前庭にススキの穂がゆれる。背後にエッフェル塔のグレイのシルエットが迫る。19世紀の街のなかに仕掛けられたデペイズマン。ペイザジストのジル・クレモンが手がける広大な庭は5年後、10年後にはオークや楓やモクレンなどが育ち、建物は木々の中に埋もれてしまう計算らしい。別棟のセーヌ川に面したファサードはパトリック・ブランの手によって既に150種もの植物に厚く覆われている。ヌーヴェルの言う「建築の脱物質化」のひとつのヴァリエーションなのだろう。ヌーヴェルのパリの先行の建物より大胆で魅惑的でわたしは好きだ。

 驚いたのは、薄暗い、説明不足だと悪評の広大な洞窟のような常設会場のアフリカのマスクやアボリジニの点描画などに魅了され、予想に反して大いに楽しんでしまったことである。たぶん科学的な関心より造形美への関心に傾きがちな性向によるものだろうけど、もっと知りたい、見たいという欲求が掻き立てられたことは確かだ。東洋美術のコレクションで有名なギメ美術館や、ケ・ブランリに先行するサテライトとして非西洋のオブジェの一級品が並べられたルーヴル美術館内のバヴィヨン・デ・セシオン(ルーヴル側としては不本意の設置)にも行ってみたくなった。意外な展開だ。
            (しみず・ゆみこ ブリュッセル在住)

写真:「ケ・ブランリ美術館」(撮影 清水由美子)、「設計者ジャン・ヌーヴェル」(フランスのTV番組より Jean Nouvel: from “Ce soir ou jamais” (F3) on 21 Nov. 2006 )

# by semijournal | 2007-02-01 00:23 | semijorunal200702
ブレーキを踏もう  佐藤良平

連載24 ソクーロフ監督作品『太陽』を観る (2)



 前回の末尾で一つの例を示したが、ソクーロフ監督が中国や日本の歴史をかなり深く研究したことは、『太陽』を観ればすぐに了解できる。当然のことだが、ロシア人が行う研究であるから、我々の感覚と比べれば相当な懸隔がある。それを承知の上で、彼の情熱には一人の観客として素直に敬意を表したい。

 この作品では、歴史的な事実に優先して映画的な秩序が追求されている。そのことは、冒頭間もない軍法会議の場面で明らかになる。会議がいつ行われたものであるか映画は明確にしないが、前後の関係から考えれば終戦の日である8月15日よりも後だと考えられる。にもかかわらず、映画で描かれた会議には終戦の報を聞いて自決した阿南陸相が出席し、陸軍の現状に関して報告を行う。映画の他の箇所で見られる入念なリサーチの跡を勘案するに、制作者サイドが阿南の死期を知らなかったとは考えにくい。だとすれば、これは明らかに意図的な措置であるに違いない。

 ひとたび米軍の先遣部隊が東京に進駐すれば、戦争責任者として明日にも処刑されかねない身分でありながら、天皇が平然と海洋学の研究に勤しむのも、観客の目には奇妙に映る。これは天皇が自然を愛好する平和な人間であったことを観客に印象づける。それと同時に、画面上で平家ガニを示すことにより、源平の合戦で敗退した平家に当時の日本および天皇の立場を重ね合せる必要から作られた場面だと解釈すべきだろう。

 帝大の学者を招いて極光(オーロラ)の講義を受ける場面がある。詳しく調べていないが、これも現実の出来事とは思えない。むしろソクーロフにとって重要だったのは、古来中国でオーロラが政変の徴候とされ、時の政権にとって極めて不吉な現象だとする伝承であろう。作中の学者は「(日本の緯度でオーロラを観測することは)不可能だ」と述べるが、それは誤りで、実際には歴史上何度も目撃例があった。何を隠そう、筆者の母親は若かりし頃に極光を日本国内で目撃している。ただし、低緯度におけるオーロラは極地帯で見られる通常のものと異なり、主に赤色だけが認識される。そのため、中国では「赤気」と呼ばれた。この道具立てもまた、当時の天皇の立場を東洋の伝統に則って表現する方策の一つなのだ。

 天皇がマッカーサーに呼び出され、車を並べて夜の市街を走り抜ける様子をロングで捉えた幻想的なカットがある。市街は空襲で完全に破壊されており、人通りは一切なく、車のヘッドライトを除いて灯り一つ見えない。もちろん、これも事実に反する描写だ。米軍は将来日本を占領するにあたって不便が生じないよう、霞ヶ関や日比谷一帯の国家中枢を爆撃の対象としなかったため、御料車が通る場所は殆ど被害を受けなかったからである。

 車列が二重橋を渡るカットでは月が出ており、東京を取り巻く地理条件と相容れない高台と、それに連なる山並みが見えている。この場面もまた、トンデモ映画が大好きな諸君の好餌となるのだろう。しかし、筆者が見るところ、ソクーロフの意図は明確だ。彼は空襲で焼き尽くされた東京に、度重なる戦乱によって荒廃し無人と化した平安の都を見ているのである。天皇が座乗する自動車は古の帝を乗せた牛車であり、彼が往く街は都なのだから、東京といえども京都と同じく山に囲まれていなければならないのだ。

 映画を締め括るエンド・タイトルの背後には、空襲で焼野原になった東京を中空から大俯瞰で捉えた画が置かれている。街並みの荒廃ぶりとは対照的に、空間全体を満たす柔らかな陽光は、もはや敵襲を受けることのない安心感と相俟って、天皇個人および戦後日本に与えられた希望を示しているようだ。この春霞にも似た薄雲を透かして地表の様子を捉えた画面が、折に触れて繰り返し京都の街を描いてきた手法である「洛中洛外図」の引用であることを見逃すべきではない。この画面からも、ソクーロフの意識の中に「帝のおわす所=帝都」という構図が強固に築かれているのを窺い知ることができる。

 この映画は音響もかなり奇妙な仕上りになっている。冒頭に置かれた宮城の地下壕のシーンで、なぜ続けざまに梵鐘が鳴り、絶え間なく鈴虫が鳴いているのか、即座には理解しがたい。しかしそれも監督にとっては、戦で荒れ果てて終末を迎えた都を表現する手段なのであろう。通奏低音のように流れる不安げなノイズに隠れる如く、登場人物は囁くような小声で会話を交わす。それが長年にわたる皇室の伝統だとでも言わんばかりに。

 ソクーロフのアプローチはこのようなものだが、昭和天皇役の主演俳優イッセイ尾形はどのように『太陽』に取り組んだのだろうか。

 この映画に具わった魅力の大部分は尾形の演技に負っていると断言してよい。筆者は彼の芸歴について通りいっぺんのことしか知らない。しかし、この映画における尾形のパフォーマンスは素晴らしいと思う。この映画の企画が動き始めた当初、天皇役はオーディションで新人を探す予定だった。それがどういう経緯を経て尾形に白羽の矢が立ったのか、筆者は詳しくない。一説によれば、尾形自身が監督に売り込んだのだという。いずれにしろ、この映画にとって主演に尾形を得たことは大層幸福なことだった。

 尾形は現代日本に生きる人々を形態模写で活写するという一人芸を舞台で演じ、熱狂的なファンを獲得した。その芸風は単なるお笑いを超えた、ある種の危険さすら伴うものであった。彼のようなパフォーマーにしてみれば、昭和天皇を演じ切るというのは極めて魅力的な機会だったはずだ。

 日本人の役者が天皇を演じる機会は滅多にない。商業用映画で天皇が登場する作品は例外的である。尾形が公演で行うような、その場限りで記録に残らない密室での芸としてなら、天皇を演じることは可能かも知れない。当然、そういった形で行うことすら相当な危険が伴うのは避けられない。そうした状況の中で、きちんとした劇場用作品で、しかも主演という大役で天皇を演じるチャンスは、尾形にとってこれが最初で最後であり、自ずと力の入った仕事ぶりになったのだろう。

 彼は昭和20年当時の天皇を想像して演じたというよりも、むしろ筆者の年齢より年かさの人々が知るところの晩年の天皇の言動をコピーしようと企図したかに見える。すでに観客の中に根を張っている天皇のイメージを援用すれば、より真実味に飛んだ天皇の姿を提示できると計算したのではないか。いつも口をモグモグさせ、視線には落着きがなく、指先が神経質な動きを見せる。映画を見終わった観客が持つであろう「ちょっと変ってるけど憎めない人」という印象は、我々がマスコミを通じて知っている昭和天皇の姿に近い。 (文責:佐藤良平)


※『太陽』は今春、下高井戸シネマで上映が予定されています(時期未定)

(さとう・りょうへい 文筆業)

# by semijournal | 2007-02-01 00:22 | semijorunal200702
心の問題を構造から考える  水上雅敏

連載 4  論理の逆転といじめ



 「友達の多い子が人格の良い子。」最近こういう言い回しを子供や若者達からよく聞く。え?それはへんだろう。人格の良い子には友達が寄ってくるかもしれないが、孤独だって立派な人は居るじゃないか。逆は必ずしも真ならず。論理が逆転しているよ。…などと言いたくなるが、そう言ってもピンと来てもらえないことも多い。いつ頃からこの傾向が増えたのかは分からないが、個人的にはカウンセリングで若者達と関る機会の増えた数年前には既によく聞いた。思春期、又20代半ばの人からも。女性からよく聞いた記憶があるが、そもそもカウンセリングに来る人には女性が多いから、男性に少ないかは不明だ。とりあえず以下は主に思春期の女の子達の状況として捉えて欲しい。先に進めるが、「独りで居る子」は「人格の悪い子」とされ、無視などのいじめにあう状況もよくあるようだ。ここで、こういうことを述べる子が即いじめっ子というわけではないことを断っておきたい。この考えは、かつていじめていた人、いじめられていた人、いじめの傍観者、いじめと全く関係の無い悩みを持っている人いずれからも聞いたものである。

  厳密には、「独りで居る子」に対する受け取り方にもレベルがあるようで、まず、「独りで居る子=人格の悪い子」とさえ思っていて、「私はあのようになりたくない。」とし、「私は他の多くの子と同じように考え、同じ趣味を持とうとする。友達を多く持つ為に。友達多い子が良い子だから。」と述べる子達がいる。しかし又「以前は皆と同じに悪い子と思っていたが、今はそうは思わない。」とか、「本当は良い子で私も声をかけたいけれど、そうすると私も無視される側に行くかも知れない。私はどっちつかず。」と言う子達も居る。

 一体なぜこのような論理の逆転やいじめが起こるのだろうか。「‘独りで居る子’=‘人格の悪い子’」と考える場合を代表的に取り上げてみよう。ここに仮説化できるのは、「自我―皆の像―独りで居る子の像」がなす閉鎖的な三つ巴の構造である。つまり自我は、皆の像と同一化してその存在を支えようとする。そして、そこに現れかねないズレを「独りで居る子」の像に丸め込むという構造だ。同一化ばかりだと必然的に「うざったさ」や、「自分のわからなさ」も募ってきて、結局は「ズレ」が欲しくなるし、逆に相手と少しでも「ズレ」があると「裏切り」を感じ易くなるものである。「独りで居る子」はそういうズレを上手く分極し、皆との同一化を安寧に保たせるものとして求められているというわけだ。そういう意味では、既に居た「独りで居る子」がいじめの対象として選ばれる場合と、それをあえて一人を無視して作る場合とがあることが考え得よう。思春期は、親などとの同一化から離れ自分の欲望を生き始めるべき時である。欲望とは、「僕の前に道は無い。僕の後ろに道が出来る。」(高村光太郎『道程』)というような、誰とも何ものとも同一化しないいわば無を目指して進む動きだ。ここで、言葉を無を象徴化する(=無に幻想を与える―例えば死の概念のように―とか、無から、或いは他者とは違った考えを創造するetc.)ものとして使い得ていないと、自我が存在の消失に脅かされることとなる。この三つ巴は、そこで自我の存在を救うのである。しかし勿論ここでは欲望は阻害されてしまっている。次に論理の逆転だが、これは、皆との同一化傾向にも窺える「鏡像的」な同一化への強い指向によろう。そもそも「逆もまた真」というのも鏡像性を思わせるが、それ以前に、「‘人格の良い子’→‘友達が多い’」から「‘友達の多い子’→‘人格の良い子’」となるのを「良い子=友達が多い子」という「シニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味)の癒着」として捉えると、これは鏡像的な同一化の表現として既によく言われることだからである。本来であれば、そもそも意味などと言うものは幻影に過ぎぬと知って、もっと自由にシニフィアンに様々な意味を―公的な意味も私的な意味も―廻らせて遊べ、そういう中で、意味の奇妙で凝固された使い方も溶解され訂正されていくのだろうが、鏡像的な同一化の強さからそれができないのであろう。

 ここでもう一つ不思議なのは、倫理的な価値観を加えていることだ。独りで居る子をいじめるだけではすまず、なぜ「悪い子」と言うのだろう。考えてみたい。まずいじめの自己正当化の為ということもあろうが、エディプスコンプレクスの関与も考ええよう。そのように言う子達から時々聞くのは、「自分が嫌いだから、自分のことを語るとか自分のやりたいことをやる気は無い。」というようなことだ。精神分析的には、欲望を出すことにエディパルな近親相姦と親殺害の幻想がかぶさり、欲望まで「悪」とされ阻止されているとも考えられる。本来欲望に善悪は無く、それはむしろ近親相姦を離れる方向にあるはずのものなのに、道無き道である不安な欲望の道を行くよりは、それを「悪」として合理化し、行かないことを選んでいるというわけだ。そして、まさに皆とズレている「独りで居る子」を「欲望の入り口」という投影を受けまた囲ってくれる容器として選び、或いは作り、それを「悪い子」とすることで欲望を遠ざけている、…こう考えると全体が整合的に説明づけられる。そのほか、そう言う子自体がかつていじめられており、その折りそれを納得する為「自分が悪いからだ」と理由づけた。そしてその判断を今に援用しているという場合もあろう。又「明るく」皆と交わることが善とされる全体風潮が在るようにも感じるが、単にここから「独りで居る子」を「悪い子」とする場合もあろう(なぜ「明るさ」が善なのかも大きな問題だが)。

  以上のような三つ巴、論理の逆転、又倫理価値の付与は、結局は、言葉を無を象徴化し(先述したように)、同一化の不可能性を告げ、欲望の道を促すものとして使えていないことに因ろう。その原因としては言葉をそのように使うことを学ばず、同一化の為にのみ使ってきていた(お喋りや、言われた通りを言うだけ等)、欲望を語り生きることが悪だとされてきた、同一化を強要されてきた(価値観の押し付け、凝集性自体が自己目的化した集団化等)等色々在ろう。詳細は別の機会に譲るが、これに直結していると思える問題状況を一つだけ挙げると、上述したような「明るくないといけない」と皆が思わされている状況だ。欲望の動きを感じ始め、時には独りで悩み考えたいと思うような、むしろ「大人」の子の方が「自分がおかしい。社会適応できていない。」と感じる状況が、学校などでの子供達の集団によくあるように思う。

 もう一つ大きな問題は、いじめられてもそれを親等に言わない件だ。自尊心と言うべきか「かっこ悪い」か、「親に迷惑かける」というのがよく聞くその理由だが、特に後者はある程度今回の「悪い子」の概念とも関連して考察できよう。これも又別の機会に譲りたい。


            
(みずかみ・まさとし 臨床心理士)
# by semijournal | 2007-02-01 00:21 | semijorunal200702
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